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2009.02.28

願い事はひとつ

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本日、朝の雨が雪に変わりまた冷たい雨に。こんな日はやはり鍋に熱燗がよいですな。

先日、角森君の唄をマンダラ2で久しぶりに聴いた。角森君がボーカル、上田君がピアノ&ギターそしてドラムベースの四人組ハミングスと真黒毛が渋谷ラママで初対バンしたころは彼等はまだ大阪住まい(ちなみに当時真黒毛も同じ編成)。対バンと仲良くなることは稀なのだが角森君とはなぜか親しくなりよく共演した。しかしハミングスはあっというまにソニーからメジャーデビュー。デビューアルバム発売の頃の満杯マンダラ2ライヴを見に行った時は何だか遠くに行ってしまったようで少し寂しかったな。ハミングスファーストは名盤、しかしメジャーで簡単に売れるはずもなく、当時ちょうど同時期にメジャーに行って停滞してたスピッツと個人的には同じ印象だった。しかしハミングスは残念ながらロビンソンはなく二年後に解散。その後、角森君は唄うのをやめたという風の噂も聞いた。

それからだいぶたって真黒毛がいまだに最近アルバム「ジャマイカ国分寺」の発売記念をマンダラ2で決行。すっかりご無沙汰してた角森君に電話してみたら快よくゲスト出演してくれた、再会。当時、角森君と上田君は朋友HONZI等とニーノトリンカで活動していた。良いバンドだったけど今は活動していないようだ

それからまた時は流れ角森君は最近、ソロとダイナミックオーシャンなるウクレレバンドで自称オゲレツソングを中心に唄っているようだ。まあニーノトリンカの曲はハミングスよりさらにおしゃれな世界観だったから歌詞を作るのに苦労したと聞いていた。その反動がきたのかもしれない。本人が唄いたい曲を唄うのが一番よいに決まっているし、角森君も本当に楽しそうに唄う。でもハミングスファンとしてはやはり「さむい」とかまた唄ってほしい。いつかオゲレツソングを吐き出し尽くしたら、またシャイでセンチな角森曲も唄ってくれるのではと密かに期待してるのだが、、、

雨がやんだらさ
散歩に出かけよう
逃げきれないかも
しれないけれど
「サンセット」より

そう、先日のマンダラ2では中川五郎さんがゲスト出演。二曲だけで残念だったけど、多数の出演者の中で一番若く躍動したステージでした、いやあ凄いことです。もうすぐ2月も終わり、書き忘れた日記数知れず。
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Posted at 02:26 | 未分類 |
2009.02.25

日本少年少女

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日曜日、あがた森魚の漂流60周年記念ライブを見に行く。じつはチケット発売の去年12月に速攻で購入、こんなことはストーンズ初来日以来かも。すぐに売り切れると思ってたし、買ってからずーっとこの日を楽しみにしていた。しかし日が迫っても思ったほど世間では話題になってない気がして不安になったりして。しかし九段会館は期待をはるかに越える凄まじいライヴでした。ゲストも曲も展開もすべててんこ盛り。現場はおそらく大変だったろうけど、あがた森魚ファンとしては至福の時。緑魔子さんが赤いドレスで登場して「最後のダンスステップ」を唄ったのはぶっ飛んだなあ。

あがたさんは場が大きくなるほどその力を発揮する。それは一昨年のライダース何十周年記念ライヴの野音、あがたさんの圧倒的なステージを目の当たりにした時に思った。なので去年の柏での弾き語りライヴは個人的にはちょっと辛かったかな、かなり緩い感じだったので。九段会館ではまるで別人のよう、この振幅もあがたさんらしいのだが、特に矢野顕子さんゲストの時のあがたパワーは尋常ではなかった。「パールデコレーションの庭」このデュオを生で目撃できただけでも本望です。ヤポー、ヤポー

はちみつぱいメンバーが全員揃うのは私が上京した数年後のあの汐留ピット再結成以来なのかな、あれからもう20年もたったとは、、、その時は見に行ってないので初ぱい体験。そう、はちみつぱいのことは機会あらば改めて書きたいです。アンコールラスト「大寒町」でボーカルが鈴木慶一、渡辺勝、矢野顕子、そしてあがたさんとリレーされたのは泣けました。我らが渡辺勝さんはやはりどこにいても圧倒的に勝さんでした。

アンコールに矢野顕子さんを再び呼び「たそがれる海の城」をギター徳武さんと三人で。ハンドマイクのあがたさんは唄と言うよりはもう独白と叫びのようで、その蒼い闇の中を矢野さんの繊細なピアノ鍵盤が波のように寄せては返す。その耳鳴りがいまだに続いていて、痺れたような感覚が一瞬蘇える。どこを切っても素晴らしかったけれど、やはり日本少年&日本少女の再会に尽きた夜でした、ヤポー、ヤポー!

Posted at 01:33 | 未分類 |
2009.02.23

梅冷え

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梅はとっくに咲いたようだが今日は冷えるなあ。先日、ある人に真黒毛の昔のアルバム音源のボーカルは皆、どれも貧乏臭いと言われる。まあ、その時はそこまで言わなくてもいいだろうと思ったが、最近試し録音した自分の唄を聞いて愕然とする。そうか、貧乏くさいのは昔の録音のせいではなく自分の声の資質なのだ。ステージではいかにマイクやスピーカーで増幅して誤魔化してるかがよく分かる。久々にボーカルコンプレックスの感覚が蘇る。例えば小学生の時に初めてオープンリールで録音した自分の声を聞いて、こんな声のはずではなかったのにと思った感覚に似てるかも。嗚呼。

まあしかし、だったら人前で唄わなけりゃいいじゃない、ということになるので悲観するのはやめよう。また調子にのってステージで唄ってしまったりするのだから。しっかり、ジョン。

Posted at 17:59 | 未分類 |
2009.02.22

津軽海峡にカモメが翔んだ日

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あがた森魚さんが「津軽海峡冬景色」を唄うと聞いた時は驚いた。じつは以前、あがたさんが岡本おさみ作品カバーオムニバスアルバムで「襟裳岬」を唄っていて、それはもう森進一や吉田拓郎とはまた違うあがたワールド全開で愛聴している。本人にそのことを伝えた時、あがたさんは「やはり情念的な俺とお前のような世界は自分には合わないので選曲に苦労した」というようなことを話してくれて、その感じはよく分かる気がした。あがたさんの曲はロマンチズムに貫かれているので、惚れたはれたの唄は似合わないと。なのに津軽海峡冬景色なのですね。

阿久悠VSフォークというタイトルの企画アルバムの一曲とのこと。先日、ニッポン放送にてアルバム収録中の三人による公開放送みたいな催しがあり、応募したら何とあっさり当選してしまった。で娘と二人で有楽町のニッポン放送まで行ってきましたとも。出演はりりぃ、渡辺真知子、そしてあがたさん。リリィは中学のとき「私は泣いてます」がヒットして何と枯れた大人の声だと思ったものですが、相変わらず枯れた良い声でした。渡辺真知子は高校大学時代だったろうか、迷い道、ブルー、カモメが翔んだ日、そして化粧品のコマーシャルで唇よ熱く君を語れと秀逸な自作曲を連発してたので凄い方だと当時思ったものです。じつはこれ以外の曲は申し訳なくも知らないのですが、たとえ生涯四曲だとしても名曲を書けば充分かと。いやあ堂々の歌唱でした。

あがたさんのステージはさすがと言うか、一般のお客さんの前でも堂々のマイペース。津軽海峡はちょっとタンゴっぽいアレンジだったが、おそらく自分のステージで唄うことはないのではなかろうか、という印象でした。九段会館のコンサートの告知も熱心にしてて、え、まだ売り切れてないんだあ、とちょっと不安になったりして。そういえば去年だったかのエンケン何十周年にティンパンが参加した時ほど話題になってない気がする。う~む

写真は去年の秋の漂流キャンピングカーツアーで柏に来た時のものです。

Posted at 18:17 | 未分類 |
2009.02.20

花いちもんめ

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iPodが使えるようになってまず取り込んだのがビートルズ、次が何故かはっぴいえんど。正月に帰省した時、BSにて坂崎さんのフォーク何とかという番組を見た。ゲストの泉谷しげるが寒い花園神社にてポータブルプレーヤーで坂崎氏所蔵のはっぴいえんどレコードをかけながら嬉しそうに唄ってた。「12月の雨の日」の間奏で泉谷が「ここのギターが凄いんだよ、ギョギョギョイーン」と鈴木茂ギターと一緒にのけぞってたのが笑えた。「当時、曲作りに煮つまるとはっぴいえんどを聴いてたよ」とも言ってたな。で、iPodにはっぴいえんどとなったわけです。

僕らが電車通りを駆け抜けると
巻きおこるたつまきで街はぐらぐら

一昨日、たまたま乗せてもらった車のカーラジオから「花いちもんめ」が流れ背筋が走る、やはり名曲だよ。iPodで聴くよりも、ラジオの不意討ちのほうがいつだって数倍感激する。しかもニュースだから驚いた。女性アナウンサーの「日本語ロックの草分け的なバンドはっぴいえんどの、、、、やはり元はっぴいえんどとなるんだな。流れた曲が「風をあつめて」じゃなくてよかったと思うのは不謹慎であろうか

おしゃれな風は花びらひらひら
陽炎の街
まるで花ばたけ

いやあ、松本隆さんにはまいってしまいます

Posted at 07:56 | 未分類 |
2009.02.17

素晴らしい日々

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先日、家人と娘が不在だったので、一人ホットプレートでネギや肉を焼きながら熱燗飲みつつ深夜テレビを見てたら再結成のユニコーンが登場。いやあ、解散してからもう15年もたったのかあ。

私が就職で上京した最初の年は三鷹の寮住まいだった。同じく就職で上京してる先輩後輩を集めてEAST WESTというコンテストに応募したのが「真黒毛ぼっくす」の東京初ステージとなる。それが6月だったから今思えば上京してから速攻でしたね。ともかく盛岡には当時ライブハウスなど無かったので、花の東京に来てすっかり浮き足だってましたよ、もうただの田舎者でした。その予選会は確か荻窪の楽器屋さんの小さなホール(そう言えば年末のソウルフラワー河村さんとの荻窪練習スタジオはまさにその辺りだった、楽器屋はもう見当たらなかった)。予選ステージで2曲演奏してあっさり落選。その時、ドラムのカズオが同じ音楽専門学校のキーボードの阿部君という方を連れて来て真黒毛として一緒に演奏した。

私の下の世代はユニコーンもしくは奥田民生さんに絶大なる影響を受けてる方が多いようだが、私はアルバム「服部」が面白いなあとは思ったがユニコーンを本当に好きになったのは「素晴らしい日々」のシングル。そのあとすぐに解散してしまった。当時の人気バンドで解散してソロで売れたのは奥田さんだけではなかろうか。やはり尋常ではない才能でしょうか。しかし不思議なんだけどテレビの再結成ユニコーンで唄う奥田さんはやはりバンドなんだよねえ。昔は感じなかったがドラムの方のビートが素晴らしい。くるりの岸田さんが出てきてユニコーンとのセッションで私の好きな「デーゲーム」を唄う。う~む、岸田さんはいつも美味しいところを持って行きますなあ、すっかり忘れてたけど当時この曲を坂上二郎が唄ってたんだ。

上京から二、三年後だろうか、真黒毛ギターの柳平さんから興奮の電話あり「おい大槻、音楽雑誌を見ろ。ユニコーンのキーボード阿倍ビーはあの時の阿倍君だぞ!」本屋で音楽雑誌を見ると同時まだアイドル然としてたユニコーンのキーボードは確かに似てる気がした。いやはや、柳平さんが気づかなかったら、その後も気づかなかっただろうなあ。今回の再結成ユニコーンで久々に阿部君を見て、そんなことをふと思いだした。メンバー全員皆が楽しそうに演奏してる姿がちょっと眩しかった。

結局、阿部氏とは荻窪の予選ステージをご一緒しただけだったので、彼が真黒毛のことなど覚えてるはずもないのです。私が24歳、ギター柳平さん25歳、ベース春好さん26歳、ドラムのカズオ19歳、そしてキーボードの阿部君おそらく二十歳くらいの春過ぎのことでした、マル。

Posted at 01:34 | 未分類 |
2009.02.15

弥生軒

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毎日通過する常磐線の我孫子駅ホームに立ち食い蕎麦と売店が背中合わせの弥生軒なる店がある。キオスクとは違って昔ながらの売店の佇まいがよい。千代田線の終点なので時々乗り換えの際、缶ビールを買うことがあったが、立ち食い蕎麦を食べたのは今日が初めて。店の張り紙にてこの店が放浪の画家、山下清が二十歳から六年ほど働いてた店だと知る。なるほど我孫子には手賀沼があり景色がよいからかな、山下清も手賀沼が気に入ったのだろうか。

本日も2月らしくない生温さ、散策するにはほどよい日曜日の昼下がり。春はもうすぐ。

Posted at 13:55 | 未分類 |
2009.02.14

酔いどれ東京ダンスミュジック

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昨日の月見ルの真黒毛ライヴは何だかとても素晴らしかったな。唄っていて幸せだった。何らかの思いが集結したからかもしれないし、ただの偶然だったかもしれない。自分の作った曲を大勢のメンバーに演奏してもらい唄う至福、しかも聴いて拍手してくれるお客さんがいるのだ。たかがサラリマンの趣味、もう充分だろう。

母親が生前、「あんた、そんだけ自分が好き勝手にバンドをやったんだからもういい加減にやめなさい」が口癖だった。「智美さんが歌が上手いんだから、あんたの下手な歌はもう人前で唄うのはやめなさい」とも言ってたな。もちろん就職で上京した時は30歳までにはバンドは止めると思ってた。当時の知人バンドマンでいまだにやっているのは数えるくらい。しかし真黒毛は私のルーズな性格を反映するが如く続いた。ただ最近思うのは歳を重ねるほどに逆に他にやることが無くなってしまう気がする、いやもちろん雑事は膨大に増えるのだが本当にやりたいことってさらに濃縮していくのではなかろうか。なんてね、酔いどれの言い訳に正論無しです

拝啓おふくろ様、
さんざ唄ったのに、まだ唄い足りない気がするのです。酔いどれ東京ダンスミュジックはこれから、駄目な息子をご容赦ください

Posted at 22:27 | 未分類 |
2009.02.13

夕方マイフレンド

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最近「夕方マイフレンド」という曲をふと思いつき、急遽弾き語り音源を皆に送りスタジオで合わせてライヴ演奏してる。曲を固めようとしてる時にこんな変な新曲ができるのだから思惑どおりには行かないものである。まあしかし思いついた曲をすぐにバンドで音を出せるのは何とも幸せなことです。

じつは二十歳頃に同じタイトルで曲を作ったことがある。メロは全然違うが出だしの歌詞二行はほぼ一緒だったはず。なので唄ってると微妙に恥ずかしい。

夕方になった思い出す、夕方マイフレンド
忘れられないこの気持ち、夕方マイフレンド

何ともミもフタない歌詞だ。当時、村上龍の「大丈夫マイフレンド」という映画が流行ってたので洒落のつもりだったと思う。ヒロインの広田レオナが主題歌も唄ってたはず、曲は確か加藤和彦さん。しかし何故今頃思い出したのだろう。二十歳から進歩してないのか、いや歳をとり先祖帰りしてるのかな。

ディランのあまりにも有名なマイバックペイジの歌詞は「以前の私よりも今の私は若い」だったろうか。あまりいい加減な訳詞だと中川五郎さんに笑われそうだ。いつかお金に余裕があるとき、五郎さんのディラン全詞集を買いたいと思っているが、果たしてそんな余裕が私に訪れるだろうか。

本日の月ミルのライヴ前にも、またスタジオ練習を入れてしまった。近頃どうかしてるかも。たった今、表参道駅を降りたところ、春のような暖かさ。スタジオは遅刻だけどまず缶ビールを買わなくちゃ

Posted at 13:20 | 未分類 |
2009.02.12

月がとっても青いから

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昨日、新丸子のスタジオにて早い時間から練習。休日にも関わらず早起き、いや自分が決めたことなので文句は言えない。休日だからこそ早起きして時間を有効活用するべきなのか。

新丸子在住の川端夫妻が練習スタジオに登場、二人がいろいろと準備する様をただただ見守る。いやはや川端君の作業するところを初めて目の当たりにしたが、その手際よさに驚く。準備が整い練習が始まる。慣れない環境のためか数曲唄っただけなのに疲れ果てる。やはり新たなことを推進するには気力と根気が必要ですな、自分の妄想に大人数の方々を巻き込んでいる現実に改めて茫然とする。何人かのメンバーよりライヴの練習になってないとお叱りを頂く。はい、確かに。毎度のごとく予測は甘く、さらに無茶多し。でも演奏面ではなぜか気づくことが多かったなあ。必ずやこの新丸子練習が明日のライヴに成果として発揮できる!と根拠なき確信を持っている私です。願わくば新丸子「三ちゃん食堂」に行きたかった、昨日は休業日でした。
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2/13(金)青山 月見ル君想フ『日月日を歌おう!』
open/18:30 start/19:00 前売 \2,300 当日¥2,800(各+1D)
【出演】たゆたう(京都)/真黒毛ぼっくす/
東京ローカルホンク/大森元気(残像カフェ)
*真黒毛の出演順は2番目、19時40分過ぎの予定です
前売り予約受付中

Posted at 21:33 | 未分類 |
2009.02.06

阿佐ヶ谷への一本道

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明日、真黒毛としては初の阿佐ヶ谷ライヴがある。やはり阿佐ヶ谷と言えば私にとっては友部正人さんの「一本道」となる。特に上京する前はこの唄のアサガヤという響きに何とも胸かきむしられた。阿佐ヶ谷駅で電車を待ったあとに続く「ああ中央線よ空を飛んで、あのコの胸に突き刺され」止めを刺されたかもしれない。上京した当時から見てもかなり綺麗になってしまった阿佐ヶ谷駅、でも一本道の原風景は当時思い描いた阿佐ヶ谷駅ホームのまま永遠なのです。

明日は久しぶりにキョーコさんが鍵盤で参加する。出産で暫く連絡をとってなかったが、子供が生まれてまた一緒に演奏できるとは嬉しいことです。キョーコさんと言えば昔から「カーブのキョーコさん」で名前だけは知っていたのですが実際にご一緒したのは二、三年前だろうか。偶然にもギターの橋本君の学生時代の軽音楽サークルの先輩だったり、キョーコさんが紹介してくれたサックスの遠藤さんにその後すっかりお世話になったり、まあ緩やかに繋がってる気がします。

そしてもう一人、「すずきさんち」の次男、鈴木光介君も久しぶりにトランペット参加する。じつは先日、彼が参加する時々自動の公演を神楽坂で初めて目撃した。演劇初心者の私には正直、劇の内容は難解だったが光介君の湧き出る音楽資質はまぶしいくらい全開だった。

と言うわけで酩酊の高円寺ルーツから一週間。明日は阿佐ヶ谷でトップの7時頃から唄います。ビールも三百円とのことでぶらりと飲みに来てください
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2/7(土)阿佐ヶ谷ネクストサンデー
「青春の宴 vol.1」
18:30/ 19:00  \1,500 Drink別 \300~
【出演】 真黒毛ぼっくす、しま田ようへい、 サワン、森川亮
【ネクストサンデー 03-3316-6799】
http://nextsunday.jp/

Posted at 23:07 | 未分類 |
2009.02.04

はいなはいな門から

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駅から帰る途中の神社で地味に出店あり。はて、今日は何のお祭りかと考えたら節分だった。帰宅していちおう豆まき。BGMはもちろん細野さんの名盤ホソノハウスより「福原内鬼は外」。手抜きの豆まきでも音楽だけは勝手にこだわるわけです、はい。

写真は娘が書いた鬼の面です。

Posted at 00:01 | 未分類 |
2009.02.02

アトムの子供

呑んだときの高揚感よりも後から来る倦怠感や自己嫌悪感を比べれば呑まないほうが良いに決まっているのだが、もちろん呑まずにいられるはずはないのでやはり適量とペースを知るべきてすな。最近、指摘頂いてるようにかなり弱くなってるようだ。

土曜日は高円寺にて四時間の練習、なかなかの充実感と解放感でそのあとに呑んだ泡盛が何故かかなり回ってしまう。そして久々にルーツでのライヴ。かなり壮絶になってしまい温厚な鈴木君より珍しく、度が過ぎましたよとお叱り頂く。娘がピアノデビューしたステージだと言うのに。拙いピアノだったが予想以上にしっかり弾いてたな、親の贔屓目ですが。最近、酔っても見捨てずに傍にいてくれる娘が何とも愛しい。まあ見捨てられるのは時間の問題かもしれないが、そうなったらますます呑んでしまいそうだな。嗚呼、なんたる悪循環。

帰宅して録画してたNHK手塚治虫特集を見て感激する。音楽的な面にスポットを当てた特集だったが幼い頃に見たあの印象的なジャングル大帝の壮大なテーマ曲は富田勲さんだったんですね。

Posted at 18:49 | 未分類 |
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