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2009.02.17

素晴らしい日々

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先日、家人と娘が不在だったので、一人ホットプレートでネギや肉を焼きながら熱燗飲みつつ深夜テレビを見てたら再結成のユニコーンが登場。いやあ、解散してからもう15年もたったのかあ。

私が就職で上京した最初の年は三鷹の寮住まいだった。同じく就職で上京してる先輩後輩を集めてEAST WESTというコンテストに応募したのが「真黒毛ぼっくす」の東京初ステージとなる。それが6月だったから今思えば上京してから速攻でしたね。ともかく盛岡には当時ライブハウスなど無かったので、花の東京に来てすっかり浮き足だってましたよ、もうただの田舎者でした。その予選会は確か荻窪の楽器屋さんの小さなホール(そう言えば年末のソウルフラワー河村さんとの荻窪練習スタジオはまさにその辺りだった、楽器屋はもう見当たらなかった)。予選ステージで2曲演奏してあっさり落選。その時、ドラムのカズオが同じ音楽専門学校のキーボードの阿部君という方を連れて来て真黒毛として一緒に演奏した。

私の下の世代はユニコーンもしくは奥田民生さんに絶大なる影響を受けてる方が多いようだが、私はアルバム「服部」が面白いなあとは思ったがユニコーンを本当に好きになったのは「素晴らしい日々」のシングル。そのあとすぐに解散してしまった。当時の人気バンドで解散してソロで売れたのは奥田さんだけではなかろうか。やはり尋常ではない才能でしょうか。しかし不思議なんだけどテレビの再結成ユニコーンで唄う奥田さんはやはりバンドなんだよねえ。昔は感じなかったがドラムの方のビートが素晴らしい。くるりの岸田さんが出てきてユニコーンとのセッションで私の好きな「デーゲーム」を唄う。う~む、岸田さんはいつも美味しいところを持って行きますなあ、すっかり忘れてたけど当時この曲を坂上二郎が唄ってたんだ。

上京から二、三年後だろうか、真黒毛ギターの柳平さんから興奮の電話あり「おい大槻、音楽雑誌を見ろ。ユニコーンのキーボード阿倍ビーはあの時の阿倍君だぞ!」本屋で音楽雑誌を見ると同時まだアイドル然としてたユニコーンのキーボードは確かに似てる気がした。いやはや、柳平さんが気づかなかったら、その後も気づかなかっただろうなあ。今回の再結成ユニコーンで久々に阿部君を見て、そんなことをふと思いだした。メンバー全員皆が楽しそうに演奏してる姿がちょっと眩しかった。

結局、阿部氏とは荻窪の予選ステージをご一緒しただけだったので、彼が真黒毛のことなど覚えてるはずもないのです。私が24歳、ギター柳平さん25歳、ベース春好さん26歳、ドラムのカズオ19歳、そしてキーボードの阿部君おそらく二十歳くらいの春過ぎのことでした、マル。
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