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2008.01.25

生誕会1

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いつもライブが終わると気が抜けてしまい、日記を書きかけたままアップしないで終わってしまうことが多い。でも今回のことは書き留めておかねば、高田渡さんの生誕会。

下北沢のラカーニャに渡辺勝さんを見に言ったのは去年の9月だっただろうか。その時、福岡風太さんから「五郎から何か聞いてるか?」と言われたので、「え、、特には」と答えると、「じゃ、俺からは言わん、五郎から聞け」と。じつは私は風太さんの事を何となく恐がっていた。五郎さんの曲を女子部なんかで演奏して、「お前は、唄をなめとんのか」とどつかれるのではないかと内心ヒヤヒヤ。そう、風太さんと言えばあの「春一番」の主催者、私にとっては伝説の人だったし強面のイメージ。ただその時、風太さんに「こないだ五郎とツアーに行ったら、真黒毛とのCD腰まで泥まみれ、ぎょうさん売れたでえ」と言われ、初めて誉められたようで嬉しかったな。

生誕会の出演を中川五郎さんに告げられれたのは、10月の女子部ライブに向けての上野で練習の後の居酒屋。HONZIさんが急逝されてまだ日も浅い頃だった。生誕会は渡さんゆかりのシンガー達が集う特別の宴なので、紅白出場を夢見る私も、まさか生誕会なんて思いもよらなかったので、嬉しかった。

11月の真黒毛ライブに風太さんが生誕会のポスターとチラシを持って来てくれた。そこに書かれているそうそうたる出演者の中に真黒毛の名前を見つけ、ひゃーと思いながらも、今回のプロデューサーの五郎さんのコメントを読む。渡さんの朋友である五郎さんの想いと意志が、さりげない言葉で明確に記されていて、身がひきしまる。

五郎さんの文章ですべて語り尽くされている気がするので、下記に転載させて頂きます。

 渡がぼくらの前からいなくなってから、ちょうど二年半。いまだに日本中どこに歌いに行っても、みんなが渡の話をしてくるし、仲間と会って飲んだりすれば、必ず誰かの口から「渡がいたら」という言葉が飛び出してくる。

 渡と同じ時代を生き、同じ場所で歌い、同じ店でよく飲んだ仲間が集まって、一月一日の渡の誕生日の前後に、毎年トリビュート・コンサートをしようということで始まったのが生誕会だ。これまでの出演者は渡と直接繋がりのあったミュージシャンが中心だったが、三回目の今回、ぼくがプロデュースをさせてもらうことになり、渡と親しかった人だけにかぎらず、直接渡と会ったことがなくても、彼の歌が好きだったり、その歌や生き方に何らかの影響を受けている人なら、誰でもが出て歌ったり話したりできるコンサートにしたいと思った。同時代の仲間だけで集うのではなく、もっと若い世代も迎え入れ、彼の歌や生き方を次の世代、次の次の世代に伝えて行けるようなコンサートにしたいと思ったのだ。

 渡はみんなのもの。今度の生誕会は来る者は拒まずという基本精神で行きたい。そして願わくば、数十年後、渡と同世代の者たちがみんないなくなっても、生誕会が続いていますように……。

中川 五郎


ちなみに昨日は私の生誕日でした。ずいぶん歳をとってしまった気がするが、先日のステージで五郎さんに「若手の真黒毛ぼっくすです」と紹介されて、嗚呼、この中ではまだまだ若手なんだあ、と嬉し恥ずかしい思い。還暦を迎える世代の力強い唄を目の当たりにして、自分も自分の唄を唄わねばの想い新たに。

それにしても朝まで飲み続けた皆様のあのパワーは凄かったなあ。例によって私は途中で沈みました。

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