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2008.03.11

レピッシュ!

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先程、携帯を見てた家人が突然「上田現が死んだって!」。え..返す言葉など持ってるはずが無い。

思えば24才で就職、かなり絶望的な気分で上京。それでも大学の先輩の柳平さんを誘って真黒毛ぼっくすを始めてしまう。夏にたまたま参加したコンテストで、同じく一アマチュアで参加してたブルーハーツを見てショックを受ける。東京にはすごいバンドがいるなあ、そのブルーハーツを見に今は無きギャバクラの上にあった屋根裏へ。そのライブたるやもう衝撃的な体験だった。渡されたチラシ「ジャスト・ア・ビートショウ」に載ってた、ロンドンタイムス、ジャンプス、ブルーハーツそしてレピッシュ!

当時、国立在住のベース春好さんの家で土曜の夜に呑んでたら、ドラムの治が4曲入りのインディーズ版レコードをターンテーブルにのせた。「レピッシュっていうんだけど、すごいカッコいいんだよ」たぶん最初期の音源だと思う、1曲目のハードライフにやられてしまいカセットにダビングして繰り返し聴くようになった。何と先進的な音楽をやってるんだろう。何とハイセンスなんだろう。

早稲田の学祭の大教室でレピッシュを初めて見る。共演はロンドンタイムス、ブルーハーツ、アンジー、もう一つは失念した。教室だから音は多分ひどかったと思うが、当時は学祭でインディーズバンドを集めてのイベントがいっぱいあった。

その次のレピッシュの記憶は1、2年後だろうか。ブルーハーツはメジャーデビューして一気に登り詰めた。レピッシュもデビューして、確かキティのイベントで日本青年館で大ブレイク寸前のバービーボーイズと共演のライブに潜り込んだ時だ。いやもうPAの音量からしてバービーとの違いは歴然で前座扱いかな。この時のステージ見て、レピッシュはやはりB級の王者を目指してほしいと勝手なことを思ったりした。

それから一気に時は流れて7年前くらいの吉祥寺のGOKスタジオ。真黒毛で練習した時、何となくすれ違った男の人がいた。「あ、上田現だ」と後から気付いた。レピッシュはGOKでよくレコーディングしてたのだ。家人が上田現のソロアルバムを持っていて、一度だけ聴いたことがある。レピッシュよりも哀愁度が高く良い楽曲が多かった。元ちとせの「ワダツミの唄」がヒットしたのはその後かな。

私が思い出すのはそんなことくらいか。訃報を見て初めて、上田現氏が私の1ヵ月くらい後に生まれた同い歳と知る。面識は無かったけど、やはり何とも淋しいねえ。再会!
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